「犬のトリミングって、高いよなあ!」
犬を飼ったことのない人によく言われる言葉だ。
そう言う人たちの言い分は大抵こうである。
「俺らなんて1000円とか2000円やのに」
ちょっと言わせてください。それ、何と比べてるんですか?
毎日キレイにシャンプーしていて、もつれも汚れもなくて、皮膚も伸び縮みしなくて、頭部という〝身体の一部分だけ〟で、『じっとしててくださいね~』と言えばじっと動かずいてくれるアナタたちのカットと、我々の仕事を一緒にされちゃこまる。
我々の仕事は、まずは爪切り。
犬の爪は人間のそれとは違い、茹でる前のマカロニのような円筒型で、根元のほうは血管と神経が通っている。
我々は犬に負担をかけないように保定しながら、血管や神経を切らないように少しずつ少しずつカットしていくが、犬は少なからず嫌がって暴れたり、ひどい時は本気で咬みついてくる子もいる。
爪切りのあとは一本一本ヤスリで角を取っていく。
次に耳掃除。
これは、知らない方は想像できないかもしれないが、犬種によっては耳の中に大量の毛が生えており、それがどんどん伸びてくるのだ。
その伸びた毛を鉗子で抜くかハサミで切るなどして除去し、そのあとローションをつけた綿棒で耳の穴の中の汚れを拭き取るのだが、2週間~4週間以内に定期的に美容に連れて来てもらっているワンコなら、毛の伸びも汚れも少なくて、耳毛の除去も比較的すんなりとできて、両耳2回~3回ずつ拭く程度で済むが、久しぶりのワンコや慣れていないワンコは、耳毛ボーボーだったり汚れまくりだったりするだけでなく、暴れまくって耳の中を見ることすら容易にできないこともある。
想像してみてほしい。動きまくる直径5ミリほどの穴の中に鉗子やハサミを近づけることがどれだけ困難なことか。
その作業を、犬にトラウマを与えることなく安全に行なうには、熟練の技と強い忍耐力が不可欠なのはお分かりいただけるだろう。
次はブラッシング。
短毛の犬種、たとえばフレンチブルドッグやイタリアングレーハウンド、スムースコートのダックスやチワワなどがもつれないのは当然だが、マルチーズ、シーズー、ヨークシャーテリア、シュナウザー、プードルなどは、たとえば1mmや2mmで顔も耳も尻尾も全身すべて丸刈りをしたスタイルでない限り、1ヶ月何も手入れをしていなければ必ずどこかはもつれている。
「おうちでブラッシングしてます」という飼い主さんの言葉はとても心強いが、そのほとんどが表面的な毛先の部分だけをといて、一見するとふわふわに見えるが、地肌ちかくはもつれたまんまの状態だったりするのだ。
私は9年ほどトリマー養成学校で講師をしていたのだが、入学したての生徒は必ずブラッシングのチェックで引っかかる。
生徒「先生~、ブラッシングできました~。チェックお願いします~。」
私「はい内股、足先、耳の後ろ、わきの下、尻尾のうら、口まわり、もつれ残ってま~す、やり直し~」
生徒「え~!?うそ~!ちゃんとやったのに~!」
という会話を何百回しただろう(笑)
そのとき私は必ずこう言う。
「〝やった〟と〝できた〟は違うねんで~」
つまり、一般の飼い主さんで毛の長いわんこのブラッシングを完璧にできている人はかなり少数なので、もつれ取りにはかなりの時間がかかるのだ。
犬のもつれをほどく疑似体験をしてみたい人は(←そんな奇特な人がいればの話だが(笑))、毛糸を束にしてくくったものを用意して、そのドレッドヘアのような状態から、たんぽぽの綿毛のような状態になるまでといてみていただきたい。
使うのはスリッカーブラシ。これはホームセンターなどのペットコーナーに行けばたいてい売っている。くの字に曲がった針金のピンがたくさん植え込んであるブラシだ。
チャレンジする場合は、その毛糸の束を犬だと思いながらブラッシングすることも忘れずに。
力を入れすぎて毛を引っ張るともちろん痛がるし、地肌をゴリゴリすると皮膚を傷つける。
犬が嫌がらないように保定しながら、少しずつ毛をかき分け地肌のチェックをしながら丁寧にもつれを取っていき、最後は身体のすみずみまでコームでといてもつれの残りがないかを確認し、ブラッシングは終了。
軽く毛が絡んでいる程度ならそのままシャンプーをしてもさほど支障はないが、絨毯のようなもつれがあるとシャンプーで汚れが落としきれないので、私の場合シャンプー前のもつれ取りは必須である。(←もつれのままシャンプーをして、ドライングの時に取るグルーマーさんもいるが、私はそれはしない)
さて、ここまで来てやっとこさシャンプーに入る。
シャンプーは、私は二度洗いが基本である。
まず肛門腺というものをしぼる。
これは犬の肛門の奥に、肛門を中心として4時と8時の方向に2箇所あるにおい袋である。
これは本来犬が排便する時に同時にしぼられ、便にその個体特有のにおいをつけるためのものであるが、小型犬は特に便が細く排便する時にしぼられきれず溜まっていくため、定期的にしぼりだしてやる必要がある。
おとなしい子がほとんどだが、中には嫌がって咬みついてくる子もいる。
そりゃそうよね、おしりの穴をつままれるんだから・・・。
肛門腺しぼりが済むとシャンプーだが、指の間からお尻から耳の裏からお顔まわりまで、犬の身体は凹凸だらけ、そしてまれにシワだらけなので、洗い残しがないようにすみずみまでていねいに泡で洗っていく。
そのとき、なかなかの確率で我々は〝プルプルの洗礼〟を受ける。
四足の動物のほとんどがやる、身体の水気をはらうための身震いであるが、これをシャンプーの泡だらけでやられると私たちを含めまわりは泡だらけである。
犬の動きを察知して止めはするが、隙を見てプルプルを繰り返すわんこも多いので、シャンプーを終了したころ我々のエプロンはびしょ濡れである。
シャンプー、すすぎ、シャンプー、すすぎ、コンディショナー、すすぎ(←私の場合)でベイジングがやっと終了。
お次はドライングである。
これも犬種によるが、毛の伸びるわんこ達はブラシを入れながらていねいにすみずみまで風を当てブロードライしていく。
これもブラッシングの時同様に保定や犬体コントロールの技術が必要となる。
特に四肢の内側や先のあたり、首から上は嫌がる子が多いので、風の強さや温度などを調節しながらやさしく行なう。
ドライングが終了したら、耳の穴を乾拭きし、残っている水分をていねいに拭き取る。
さて、次はバリカン処理である。
足の裏(←肉球のあいだから生えている毛)、肛門まわり、お腹をそれぞれバリカンで短く刈るのだが、これもおとなしい子もいれば嫌がる子もいる。
特に足裏の毛を刈っているときに蹴ってきたり、肛門まわりを刈っているときに勢いよく座ったりする子は、動きを素早く察知して避けなければ、刃が強く当たったりスジに刃が入るとケガをすることもある。
犬の皮膚は人間の3分の1~5分の1ほどの薄さと言われており、しかも咬まれても致命傷にならないようにかなりたるんだ構造になっているため、バリカンの角度を誤ると刃のあいだに巻き込まれる恐れもあるので、熟練の技と細心の注意が必要なのである。
全身のカットも、ミリ数の異なるバリカンや、ハサミを使い分けて仕上げていくのだが、もちろん立ったままじっとしてくれる子たちばかりではない。
動く、座る、居眠りするなんてのはかわいいもので、中には四六時中腰を振りサカってくる子や、ハサミに向かって咬んでくる子もいる(←これは本当に心臓が止まりそうになる)。
そういった様々なわんこ達と日々正対し、我々は〝動く物〟である〝動物〟の予期せぬ行動を読み、言葉の通じない相手に少しずつでも信頼して貰えるよう、知識と技術と愛情を磨いているのである。
以上のことから、犬のトリミングを人に例えると
•ネイルサロン
•耳かきリフレ
•ムダ毛処理
•お風呂やさん(←しかも洗ってあげる)
•ヘアサロン
これらをすべて我々が行なっているということである。
しかも相手は好き勝手に動くのだ。
さあ、これでもまだ「犬のトリミングって高いよなあ!」って言う?